「下高井戸シネマで見た」
「どうだった?」
「意外と客が多かった。空席はあったが自分の座った列は一杯だった。この映画には人気があると思ったよ」
感想 §
「しかし、とことんいいところが存在しない映画だな」
「無いのかよ」
「ほとんどの飛行機は燃える。九六陸攻なんて、本当に複葉の戦闘機に撃たれて炎上して墜落するために出てきたようなものだ。カプロニおじさんの夢の飛行機は翼が折れて慌てて撮影を止めさせるし。妹は医者になってもヒロインを救えない。せっかく助けた若い使用人の女は気付いたときには人妻。国家のために働いても特高に目を付けられる」
「救いは無いのか救いは」
「軽井沢でよく飛ぶ紙飛行機を作れました」
「それだけかい! 九試はどうなんだ、九試は」
「九試は落ちない……がその代わりに奥さんが消える」
「ひ~」
「日本バンザイの国粋主義者は絶対に許せない映画だろう。この映画の日本はどこも素晴らしくない。貧乏で惨めだ。しかも間違っている」
「なら諸外国は大喜び?」
「とんでもない。あのミヤザキがゼロファイターの設計者の映画を作ったと盛大に叩きまくりだ」
「まさに救いがない! どこからも支持の手が差し伸べられない!」
「いやいや。救いはあるんだよ」
「どこに?」
「ただの映画館の観客。普通の人。彼らが支持しているから去年夏の映画だというのに、未だに客が入るんだろうね」
「名も無い観客こそが最強の支持ってことだね」
更に感想 §
「だからさ。この救いが無い割り切れない映画は、救いが無い割り切れない時代の正しい反映なんだろうと思う。その時代の空気を感じ取っている観客はそこに『嘘では無い』という手応えを感じているのだろうな。たぶん」
「そんなに救いが無いのかよ」
「ないない」
「なんでそんな風に思うんだよ」
「ネットをちょっと検索すれば嫌でもすぐ分かる。どこもかしこも、自滅願望としか思えない馬鹿丸出し。しかも、冷静にちょっと距離を取ろうとすると、すぐに非国民扱いされかねないぞ。いかに日本のために働いていようとな」
「わかった。つまり、次郎がいかに軍のために飛行機を設計していても特高が来るわけだね?」
「そうそう。ああいうものは理屈ではないからさ。理屈があると本人が思い込んでいるだけ」